Malicosmos website:宙先案内人(Cosmos Navigator)高橋真理子ウェブサイト

ワークス::プラネタリウム番組制作::作品のご紹介

これまでにプロデュース、脚本、演出、原作、などで制作に関わった番組です。

翼をください(1998年夏)

 記念すべき開館記念第一号作品。科学館準備室にはいって、プラネタリウムのことをほとんど知らないままに、でも、「山梨の土井隆雄さんが、前身の科学センターで育っていた」ということをベースに「人は何故宇宙をめざすのだろう」ということを、いろんな人たちに投げかけるという企画を考えた。研究者や、街を行く人、農家の人・・に「何故宇宙にいくんでしょう?」とインタビューする場面が。これから17年もたって、出会った難聴の方が、この番組のことを覚えていらして、最後に「翼をください」のシーンがとても印象に残っている、と。

宇宙の不思議はみんなのふしぎ(1999年夏)

 館の「質問コーナー」に集まってくる子どもたちの素敵な質問をなんとか活かしたかった。また山梨の明野少年少女合唱団の子どもたちがテーマソングを歌い、声優まで努めた。一般の人たちを巻き込みたい、という試みの第一弾だった。観覧者に選択を決めてもらって番組が分岐する方式も取り入れた。私自身は原作のみ。脚本はZEROの佐藤さん。

ブラックホールをさがせ(2000年夏)

 クイズや分岐を取り入れた番組。はじめて自分でシナリオをかいた。けれども、全体構成の甘さやシナリオの難、終わり方の問題など、未熟なところがアリアリの作品。

オーロラストーリー(2001年秋)

 この番組を制作したことによって、自分自身の人生の一つの区切りに立ち、また数え切れないほど大切な出会いに恵まれた。これまでの人生にもっとも大きな影響を与えた人物、星野道夫氏を主人公にストーリーが展開。シナリオは私が書き、スペースサイトの宮部さんに脚色や演出を手伝ってもらった。 関連企画として星野道夫写真展、オーロラクラブとの共催イベントなどをまとめ、自身の半生と星野道夫のことについて語った「極私的報告書」。その2年後、雑誌ユリイカ「星野道夫特集」(2013年12月号)へ寄稿した「宙と対話する土地」は、この報告書から生まれている。
 また、この9年後、館がリニューアルしたのにあわせて完全リメイク版を制作。

森の声 大地の記憶 星の時間(2002年春)

プロデュース・脚本。
 星までの距離(時間)と、地球の持つ時間を対応させながら淡々と地球の過去にさかのぼる。森や大地がその時代の様子について語る。
 この番組ではじめて番組用のオリジナル音楽を制作。作曲・演奏は遠音。一つ前の「オーロラストーリー」とその関連事業から出会うことができた。今振り返ると、その方法論さえ知らないまま、よくぞ依頼したもんだとちょっとあきれる(その分、そのときの三塚さんたちが、優しくこの依頼を受け、そして想像以上の音楽をつくってくださったことはほんとにすごいこと)。そのオリジナルサウンドトラックも初めて発売した記念の番組。
サウンドトラックCDジャケット
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ラジオスターレストランへようこそ(2002年秋)

 肩書きを何かに限定するのがはばかられる作家、寮美千子さんの小説「ラジオスターレストラン」(※)を番組化。寮さん自ら、脚本を担当していただき、ほぼプロデュースに近い働きをしてくださった。声優の青木菜なさん、音楽の本多信介さん、音演出の野川和夫さん、原画の小林敏也さんという豪華メンバーの中で仕事させてもらったこと自体が喜び。まだまだ番組制作というものの経験が少ない私に、制作の方法論の多くを学ばせてもらったように思う。
 特に、プラネタリウムのドームの音ってこんなことができるんだ!と「はじめて」気づかせてもらった。この番組オープニング記念として寮さんと本多さんによるリーディングライブも行う。座れない人がいるほどの盛況ぶり。
※当時は「ラジオスターレストラン」だったが、その後、新版となり「ラジオスターレストラン~千億の星の記憶」

火星大接近~その生命と水(2003年春)

 2003年の火星大接近騒ぎはなかなかすごかった。北大助教授の倉本氏に監修・出演をお願い。その他、一般の方へ火星について聞いた突撃インタビューのシーンも。やはりシナリオは、まだまだ甘さのあるもので、シナリオを書く段階での自分の想像力の乏しさに落ち込んだ。(わりには、面白いといってくれる人が多かったが。)

星と話す人々~モンゴロイドの宇宙像(2003年秋)

 写真家の赤阪友啓さんのモンゴル、沖縄におけるフィールドワークを原点に、彼が現地の人々に聞いてきた話や文献からの話を基に組み立てたそれぞれの民族が持つ宇宙観をストーリー仕立てにしたもの。この作品で、「人と星」の関係性というものを、自分自身でもあらためて気づいたことが多かった。また、この年に同僚になった人に、「高橋さんは、なぜ人は星を見るんだろう、っていうテーマを持っているんだね」と言ってもらったことが、ある意味自分の方向性の言語化の最初だったかもしれない。
 音楽には、これまたモンゴルに熱い思いを寄せ、現地の子どもたちの支援なども行いつつ様々な創作活動を手がけるもり・けんさん(ハーモニカ)、モンゴル人歌手のオドバルさん(歌)、さらに多くのプラネ音楽をてがける南澤大介さん(作曲、演奏)と多様な顔ぶれ。サウンドトラックCDも第2弾として発売。もりけんさんとオドバルさんのコラボレによるクリスマスコンサートも大変好評だった。

宇宙のとどろき 雷を追え(2004年夏)

 最新の研究の面白さ、その研究対象である自然の奥深さを伝えたい、という思い。一方で、科学が目指しているものと(中沢新一氏の言葉を借りれば)「日本最古の哲学」と言える神話が示してきたものは、実は根本のところでつながっているのではないか、それを何かの形で表現してみたい。それら様々なものをごった煮にして出来上がった作品。連れである高橋幸弘(東北大学、その後北海道大学)の監修、神話部分には影絵作家の石井昭さん、音演出に野川和夫さん、雷マップCGで、プランニングディレクターの西村佳哲さん、CGデザイナーの安藤さんなど今回もまた出会いにめぐまれた作品。

最強宇宙線のなぞ~明野からの挑戦(2005年夏)

 山梨県北杜市明野にある東京大学宇宙線研究所明野観測所の存在は、1997年に自身の出身である名古屋大学STE研の先生に現地を案内していただいたこともあり、知っていた。しかし忘却の彼方だったかも。 宇宙線研で広報を担当されている福田さんがわざわざ館においでくださり、宇宙線のことを展示で扱って欲しい、と申し出てくださったのがきっかけ。いろいろ知ってみるとこんなことしてたのか~、と新しいことがたくさん。
 今回は、地元の観測所、地元のミュージシャン、まなびん&はるみんのオリジナル曲、録音も大泉のログハウススタジオを持つROKUさんと、そしてナレーションは、甲府在住の長田由布紀さん・・と山梨には素敵な人たちがたくさんいることを改めて感じ、こうやって山梨と人々とつくれることが自分の仕事の意味を生み出し、また、科学館の番組制作として、きっと価値があるのだろう、ということにだんだん気づいていった。

このときのテーマ曲「遥か」は、その後、ライトダウン甲府バレー2007のテーマ曲に。

てのひらの星~水晶たんけん隊がゆく(2005年秋)

 引き続き、地元の人々をさらに巻き込んだ企画。地場産業の一つでもある水晶をテーマにして、愛宕山にある宝石美術専門学校との連携、地元の子ども達が水晶をとりにいって研究するプロセスを番組にするというもの。講師は砂川一郎先生と高橋泰先生。
 音楽も若い2人のユニット・エッセンス。録音は、これまた愛宕山ふもとのカレー屋さん「ハーパーズミル」がもつスタジオにて。ナレーションは甲府市国母在住、山形由紀子さん。キラキラしている子ども達をとにかくたくさん出したくて、プラネ番組というよりはほとんどビデオ番組になってしまったことが若干反省でもあるけれど、でも、案外来館者の反応はよかった。
 なにより、たんけん隊の子どもらがたくさん集った関係者試写会の、ドームの中のわきおこるあの幸福感といったらなかった。ドームがあんなふうに毎日、期待感でいっぱいにつつまれていたらどんなにいいだろう。
 それからもう何年もたって、久しぶりに高橋泰先生からのメールで、このたんけん隊に参加していた子が、宝石美術専門学校の学生になっている!ということを知り、とても暖かい気持ちになる。

戦場に輝くベガ~約束の星を見上げて(2006年春)

 この番組のことは、とても簡単には語りつくせない。銀河501隊で要務士をしていた経験のある塚越雅則さんとの出会いからはじまって、天測のことを知り、戦時中のことを知った。戦争のことに無関心、と言われても仕方がないくらいの無知だった私が、2005年の夏に星の語り部で制作したスライドショウと、この番組の企画を通して、あの時代を人々は何を思い、どう生きていたのか、一人一人の話を聞くたびに、それらを伝えていかなければならない使命感とその価値に熱くなり、多くの人々との出会いと支えによって作られた。こんなにもシナリオと真剣に向き合った番組ははじめてかもしれない。そして、プラネタリウムを仕事としている身としてずっと命題でありつづける「何故人は星を見あげるのか」という問いに対する解の一つを、この番組を通して見出したように思う。脚本は、当時科学館職員だった跡部浩一(ライトダウン甲府バレー実行委員会事務局)との協働。

2006年 山梨県立科学館で投影
    他県にも広げたいというボランティア「戦場に輝くベガ上映実行委員会」がたちあがる
2007年 徳島県立あすたむランドで投影(ミニ企画展)
2008年 中央区タイムドーム明石で投影、および特別展
     (ここに多くの当事者の方がいらっしゃって、下記以降のものにつながる)
     福島駅前の「子どもの夢を育む施設こむこむ」で投影および企画展
2009年 三次市ジミーカーターシビックセンター(広島県)で投影
2010年 高橋智子准教授(山梨大学、科学史)が「高度方位暦」を発見
    高松市民文化センターで投影
    鈴木一美・浅野ひろこ 小説「戦場に輝くベガ」(一兎舎)が出版される。
    (中央区でベガをご覧になって以来、映画をつくりたいとおっしゃっていた
     鈴木さんが、熱い思いで小説にされた)
     サイエンスアゴラで、上映委員会が「天測ワークショップ」
2012年 神野正美「聖マーガレット礼拝堂に祈りが途絶えた日―戦時下、星の軌跡を計算した女学生たち」(光人社)が出版される。
    私たちが番組を制作するときにもお世話になった、戦史ライターの神野さんと
    光人社の坂梨さん。「ベガ」をきっかけに、さらに深く調査をされた。
2013年 NHK FMシアターにで、「ベガ」を原作にしたオーディオドラマ「天空の道標」放送
2014年 完全リメイク版「戦場に輝くベガ~約束の星を見上げて」制作、投影。

星月夜~めぐる大地のうた(2006年冬)

 「人は何故星をみあげるのか」第?弾。時間が直線的に流れているのではなく、らせんを描いて流れる、つまり「めぐってくる」ことの本質・・・これによって私たちはたぶん絶対時間を認識している。1日も1月もそして1年も。そしてそういう繰り返しが延々つづいてきているこの宇宙、その中のたった「今」を生きる不思議。 それを主人公・りょうに語らせている。山梨県出身のミュージシャン清田愛未さんを写真家・牛山俊男さんがプラネに連れてきてくださってはじまったご縁。プラネの星の中で、彼女の新曲「きみへの星空」を聞いて、ひっくり返りそうになった。 そこからすでにこの番組構想ははじまっていた・・。 
 ふだんはテーマありきでスタートする番組制作だが、今回は、清田さんの音楽と牛山さんの写真が表現する世界を番組にしたらどうなるか・・という発想ではじめた番組。若干無理はなくはなかったけれど・・ 山梨の人々と全国に胸をはれる文化発信、という意味合いではとてもそれの役割を果たしている番組と思う。つながる、ひろがる・・ 番組を一つつくるたびにそれは進化してゆく。サウンドトラックCD「星月夜」も発売。
サウンドトラックCDジャケット
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この音楽のダイジェスト版は、こちらから。
テーマ曲「星霜」は、清田愛未「星の歌集」にも収録。名曲だと思う。

光がはじまる~暗黒2人組ピコリーナとピアニッシモ(2007年夏)

 久しぶりの夏休み作品。「星をたっぷり堪能し、星を見上げる意味を考えられるよう想像の余地を多く残す。そのために映像は最低限・・」という路線にだんだんなってきたここのところ。そんな中にあり、基本的には親子連れが圧倒的多数のこの時期の作品として、「上質な親子番組」が企画の最初の目標だった。お客さんからの反応を見ればきっとそれは達したと思う。
 科学館ができる10年前ぐらいから構想委員の長でいらした山梨大学の春日先生からのご紹介で、かつて先生の研究室の学生でそののちに電波天文の道に進んだ土橋一仁氏(東京学芸大学)の研究で、全天の暗黒星雲マップをつくりあげた、との話を聞き、「暗黒星雲」をテーマにした番組。星が生まれる場所である暗黒星雲、それらをさぐる電波望遠鏡。野辺山観測所の梅本智文氏にもご出演いただくことに。さらに、2006年に知り合い、「これはもう待てない!(コラボレするのを)」とその年の暮れにぜひ番組の音楽を一緒に、と言った相手が、ピアニストの小林真人さん(山梨市出身)。ちょうどそのころ、オカリナの大沢聡さん(山梨市在住)とユニットを組むか組まぬかというころ・・それがその後の半年間で、そのユニットbreathが爆発的に世界で大活躍することになろうとは・・今回の番組のために書き下ろしてくださったテーマ曲「希望の光」「ピッコリーナとピアニッシモ」は、その後、彼らのコンサートにおける定番曲、しかもトリやアンコール曲となり、11月には彼らの新アルバムに収録されることに。こんなにスゴイ人たちが、私たちの番組に関わってくれた、ということ自体に、自身が驚く。
 加えて、4年前ぐらいから紹介を受け会いたいと思っていた絵本作家の松村雅子さんえほん村に突然電話し、そして「暗黒星雲」といったら、「私、暗黒星雲、大好きなの!」と興奮した声が・・。こんなのってあり? というような展開で絵を描いてもらうことが決まった。ナレーションは、かつて水晶番組でもお願いした山形由紀子さん、彼女は今回の番組の中で10種類ぐらいの声を演じる。さらに、天空を見つめて、かすかな星の誕生の声に耳を澄ます電波望遠鏡の写真は、跡部浩一さん。「宇宙線」以来、制作をともにしてきている音響演出波田野宏之さん、そして映像演出金子益已さん。 これまででもっとも最強な?チーム暗黒星雲に恵まれてつくった作品。
 20?年 府中市郷土の森博物館でも上映

 このテーマ曲「希望の光」を、自身の講演のBGMに使わせてもらうようにもなり、それが、のちの小林真人さんとのコラボレーション活動、Space Fantasy Liveなどにつながっていった。

星つむぎの歌~オルゴール使いの巻(2008年冬)

 2006年12月にJAXAの宇宙連詩を担当する山中さんと出逢い、宇宙連詩山梨版なるものを企画した。宇宙連詩とは、「国境、文化、言語、分野あらゆるバリアを超えて、連詩という取り組みを通して協働の場を「宇宙の中で」作り出す」というコンセプト。これまで自身がプラネで行ってきたことと、さまざまにかちっとくるコンセプトだった。そして、あらたに出逢ったのは詩人・作詞家の覚和歌子さん。彼女が、詩という形ではなく、歌にしよう、と提案。「星つむぎの歌」という名にし、「星を見上げて、その想いを言葉にして、みんなで歌をつくろう」というプロジェクトになった。半年かけて、一行詞の公募をつづけ、延べ2690件の言葉が全国から世代を超えて集まった。最終的には、財津和夫さんが作曲、平原綾香さんが歌うという大変豪華な企画になった。 この企画をやって、感動的なことごとがたくさんおきる。人々の心奥底にある、「宇宙」が見えてくる・・からなのかもしれない。
 
※「星つむぎの歌」の経緯については、こちらの「星つむぎの村」サイトに詳しく載っています。

 そんな、「星つむぎの歌」の想いが伝わるような番組を・・ということで覚さんにはぜひナレーションをしていただこうと思い、最初の企画会議(いつものチームの波田野さんたちと金子さん、そして覚さん)のときのこと。 せっかくだったら、いろいろなプラネでも投影してもらいたい、という話から、どうもドキュメンタリータッチの番組は、館の担当者にはうけが悪い印象がある、もっと物語でもいいのでは、という話があり、一方で、ナマのオルゴール音をドーム内でならしてみたい、というだいぶ以前からの波田野さんたち音響チームの思いもあり、覚さんが「星つむぎの歌」ってもともと宮沢賢治の「星めぐりの歌」からの発想もあって、現代版「星めぐりの歌」という物語ができてもいいね、と・・。そうこうするうちに、このミーティングの中で、話の概要までできてしまい、覚さんがその後、あっという間に物語を書き上げてくださった。絵は、できるだけ「線画」というのが最初からイメージとしてあり、いろいろ探してみよう、と八ヶ岳のふもと、清春にある「旅と空想の美術館」の館長である清水純子さんにいい人いない?と聴いたら、素敵な方を紹介してくださった。デナリこと、大野舞さん。彼女の絵は、覚さんの感性に共鳴、うねりを起こすものだったと思う。個人的には、デナリさんが、星野道夫に感動して高校生のときにアラスカに留学してしまった、という話を聴いただけで、かってに「採用」だったのであるが・・。 
 一方、上記のミーティングをした翌日、覚さんが、いつもコラボレをしているミュージシャン、丸尾めぐみさんに久々にあったとき、丸尾さんが高級なオルゴールをもってやってきて、「わかちゃん、最近疲れていると思ったから、これで癒してあげようと思って」とオルゴールをならしてくれたんだそうな。これは、ミーティングのときに作り上げた「オルゴール使い」の役割そのもの・・という、なんとまあ、やっぱり星つむぎの歌は不思議な力をもっている。

2009年4月、この番組が朗読CDつき「星つむぎの歌」絵本となって全国発売。
2009年秋 北はりま特別支援学校にて、この物語を原作に劇に。
2010年  日立シビックセンターで、プラネタリウム番組上映。
2013年  兵庫県立ぴっころ劇場にて、「星つむぎの歌」ミュージカル化。
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明かりを消して~星ふる街のシンフォニー(2008年秋)

 2008年は、科学館開館10周年、星つむぎの歌完成とウェイクアップコール、ライトダウン甲府バレーが第10回・・と、星つむぎの歌もそれを狙ったわけでもなかったけれど、うまいようにすべてがつながって、「第10回ライトダウン甲府バレー~星つむぎの歌が聴こえる」という、結果として第10回にふさわしい非常に大きな広がりをもった年になった。みんなで一斉に電気を消して、歌をくちずさみながら、星をみあげる・・・そして自分たちに、自分たちの街に思いをはせる、そんな時間になれば、というのが私達の願いであった。
 そして、それを記念したプラネ番組がこれ。10年のライトダウン活動の積み重ねをテーマにしつつ、そこに登場するプラネタリウムカフェに集う人々は、当館プラネタリウムに集う「星の語り部」のメンバーがモデル。語られるセリフの多くは、語り部の集まりやプラネタリウムワークショップの参加者が残していった言葉の数々だ。実際に、音楽もナレーションも、星の語り部メンバーに多く参画してもらった。プラネタリウムカフェもちゃんとモデルがある。エンディングに流れるのは、もちろん「星つむぎの歌」。今回は、こども・大人混合の合唱バージョン。子ども達は科学館に一番近い相川小学校合唱部。(実は息子のかよう学校・・)
 「星つむぎの歌」「星の語り部」「ライトダウン」が、ごちゃまぜになって「番組制作」というアウトプットとなる。自身がこの5年間ぐらい大事に思ってきた仕事のまるで集大成のような番組になった。これほどまでに多くの「地域」の人々が関わった番組も他にない。

ぼくとクジラのものがたり~星の海をわたって(2009年夏)

 世界天文年のプロジェクトの一つで、「アジアの星」プロジェクトがある。アジア地域にある星にまつわる民話を集めてギリシャ神話に対抗しよう!?とまではいかなくても、あまり表面化してない、活字化されていないものをちゃんとまとめて残しましょう、という趣旨のプロジェクト。その会議で、南山大学の後藤明先生のお話を聞いた。ポリネシア・ミクロネシア地域のスターナビゲーションと、彼らの神話との親和性についてで、それは大変興味深いお話だった。 それから後藤先生にあれこれお話をベースに話を考えていった。後藤先生は「モンゴロイドの宇宙」というこれまたとても面白い企画もされている。一方で、2008年末に「戦場に輝くベガ」のことで発表させていただいたご縁で、NPO法人ミュージアム研究会が制作した巡回展「クジラとぼくらの物語」のことがちらつき、今回の番組で「くじら」を登場させてはどうか、と考え始めてから、悠久、地球上の広範囲の回遊、クジラの歌などなど、星とクジラの特徴の共通点がいろいろ見出され、考案中は、私にとってはほとんど「クジラ」と「星」は同義語になってきていた(苦笑)。ミュージアム研の清水麻紀さんから、クジラ研究者の方々もご紹介いただき、お話を聞きますますクジラの奥深さを知る。

 クジラを登場させようかなあ、と思ってから、カロリン諸島に「大きな魚」という名前でくじらが空に描かれているのを知り、その星座は、カシオペア座からアンドロメダ、おひつじにわたる領域で、それが日本でみると天頂あたりにくる時期があり、ポリネシアでは天頂の星は「幸せの星」であり・・などなどがいろいろつながって、一つのお話がつくられた。 

 音楽は、甲府市内の、しかも科学館のある愛宕山のふもとの地域で育ち、そこの中学のころからバンドを結成して15年になるWATER WATER CAMEL、主に田辺玄さんにインストをつくってもらい、テーマ曲「夜空のうた」は、斎藤キャメルさん。これがまた素晴らしい! そして歌とクジラの声をNUUさんにやっていただくことに。そして、玄さんからの紹介で、絵は、tupera tuperaさん。 こんな素敵なアーティストたちとご一緒したことで、番組はこれまた想像以上のものになった。
 2010年 新潟市自然科学館でも上映

 歌も絵も「ほしい!」と言ってくださる方がとても多いので、なんとかCDブックなどをつくれるといいなあ、と思い描きながらそのままペンディングになってしまっている。

137億年目の誕生日(番組バージョン)(2010年春)

 2010年3月に、スペースシアターがリニューアルオープン。全国初のプレアデスシステム・・・いろいろあったけど、とにかくデジタル化して、宇宙の果てまで自由に行き来できるプラネタリウムになった。その特徴を活かしてつくりたかった。
「誕生日」「いのちのつながり」「ボイジャー」といったキーワードで、30代の男性が、長い航海の先から、まもなく生まれるであろうこどもと奥さんに手紙をあてる設定。「波」を感じさせたくて、寮美千子さんに冒頭の詩、そして、エンディングの詞を書いていただいた。
 作曲・演奏は、清田愛未さん。サウンドトラックCDも発売。そのプロモーション音楽は、こちらで。 その後、エンディング曲は、彼女のアルバム「星の歌集2に収録。

137億年目の誕生日(ライブバージョン)(2010年春)

 上記、137億年目の誕生日の、音楽や映像は生かしつつ、クイズもいれながら、インタラクティブに、進めていけるものを考えた。そもそも番組として一つの大きな枠の中で、考えていたので、若干無理がなくもなかったが・・ でもこのスタイル(クイズをいれながら、映像駆使し、生解説を入れ込むスタイル)が、その後、5年ぐらいの定番になった。

オーロラストーリー~星野道夫・宙との対話(2010年秋)

 2001年に制作した「オーロラストーリー」の、完全リメイク版。その9年という間、自分自身の番組制作に対する考え方も地に足ついてきたように思うし、その間に出会えた多くの人たち、そんなことを思い返しながらの制作。
 話の軸は変わらず、けれども、シナリオの分量は半分ぐらいになった。大事なことは、ほんの少し、大事に聞かせる。
 冒頭はアラスカ山脈の空撮。ANDYouの金子さんがその撮影に挑んでくれた。
 音楽は、小林真人さん。真人さんに出会った2006年、彼の「この場所から」をヘビーローテーションしていたのと、星野道夫メモリアルイベントが八ヶ岳で行われていたのが同時期。イベントで出会った、写真家の松村誠さん。彼の写真と真人音楽は非常に親和性があり、それを引き合わせたらすぐに意気投合。それ以降、真人アルバムの写真とデザインはいつも松村さん。
 今回の番組のメインテーマ「オーロラストーリー」、これを聞いた、星野道夫の親友だった方は、「すごくアラスカを感じる」と。アラスカにいったこともない真人さん、今回は彼の世界観というより、どれだけ星野道夫に近づけるか、ということをチャレンジしてくれたように思う。
 サウンドトラックCDは、こちらから購入可能。
 2012年 北見市北網圏文化センターでも上映。その場所で、「星野道夫にささげる星空コンサート」(高橋真理子、小林真人、山本晶子)開催。

サウンドトラックCDジャケット
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二人の銀河鉄道~賢治と嘉内の青春(2011年秋)

 これも長年の宿題だった。「戦場に輝くベガ」を見てくださったアザリア記念会向山美樹先生から、ぜひこれを番組に、と保阪嘉内の資料を渡されたのはもうだいぶ前だった。そして、つくろう、と思って間もなく東日本大震災。震災後、賢治の言葉がさまざまに取沙汰されていたのも、岩手の取材出張ついでに、被災地にまわってこられたのも・・賢治と嘉内の力が何がしか働いていたのかもしれない。
 賢治の親友・保阪嘉内。知れば知るほど、魅力的な人だったことがわかる。それなのに、山梨の人でさえ、嘉内のことを知らない人はいっぱいいる。嘉内の二男である庸夫先生にお会いして、シナリオの中の嘉内のイメージが固まったように思う。アザリア記念会の事務局長をやる向山先生は、嘉内の精神そのままに生きているひと、という感じでもある。
 原作を、同じく山梨在住の人気歴史作家の江宮隆之氏の「二人の銀河鉄道」にさせてもらった。江宮さんもこの作品化をとても喜んでくださった。
 賢治に関する文献、資料は膨大で、とても私の手に負えるものではなかったが、賢治に関する充実すぎるウェブサイトでは横に出るものがいないというぐらいの、加倉井厚夫さんに監修いただき、知人で作家の寮美千子さんなどにもいろいろご教示いただいた。
 絵は、「銀河鉄道の夜」の挿絵も書かれている田原田鶴子さん。盛岡出身である彼女は、韮崎の風景がどこかしら岩手に似ていることをおっしゃっていた。
 音楽は、丸尾めぐみさん。嘉内がつくった曲、「勿忘草」はじめ、さまざまな楽曲をすてきにアレンジしてくださり、何よりも、語りの俳優・金田賢一さんとの、かけあいのような、音楽が、この番組の世界を決めていた。
 映像をつくったスターライトスタジオの広橋さんの最大演出は、賢治の手紙が空から次々に降ってくるところ。
 番組上映の初日、庸夫先生家族、向山先生たちが、号泣していて、それをみて、つくってほんとによかった、と思った。文化と誇りを継承していく、地域の科学館の活動ができたように思う。また、嘉内のことを研究したい、という若い学生たちにもめぐり合うことができた。嘉内の精神が、まだまだこの社会に続きますように。
 配給については、スターライトスタジオへ。
プロモーションビデオは、こちらから。

Memories~ほしにむすばれて(2012年春)

(ある意味)お得意の「公募型」「市民巻き込み型」をやりながら、一方で、谷川俊太郎さんの「ほしにむすばれて」という絵本をモチーフにしてみたら・・という2つの別々のアイディアがドッキングした。 「みなさんの宇宙のドラマを詩にしてください」と呼びかけ。非常に短い公募期間だったにも関わらず、全国から800件以上の詩が集まる。(半分ぐらいは県内の学校の協力でもあったが)「ほしにむすばれて」のストーリーは、星を見上げてきた親子3世代の物語。そのストーリーの合間合間に、一般の人たちの詩が入る。「ほしにむすばれて」本文と、一般の人たちの詩、それ以外のセリフは一つもなかった。そんなことが成立しうるのか??と最初は自分でも疑いながら、やっていたけど、集まった詩をみていたら、そんな心配はまったくなくなっていた。
 人々の心の中には必ず星空があり、そこには、何かしらの普遍性と多様性がある。そこにこそ、人々が長い間星を見上げてきた意味がある。。
 そういったことを、これまでも「星つむぎの歌」だったり、プラネタリウム・ワークショップといったものから私自身が学んできた。それをまた一つ、形にできたような作品だったと思う。
 谷川さんの言葉は谷川さんご自身で、そして、一般の方々の詩を読んでもらったのは手嶌葵さん。彼女のその声が、今回の番組は、ある意味ほぼその性格をきめてくれたようにも思う。素晴らしい読みだった。
 音楽は、山梨でアマチュアミュージシャンとして、がんばってる小林孝一くん
 小林くんと手嶌さんが、番組内でデュエットする・・。そんなことが起きてしまった。

詩を選んだときには、もちろん、名前などは見ずに選定していたのだけれど、選定し終わったあとに同じ住所、同じ姓の方がいて、父娘であった。さらには、番組には使っていないけど、素敵な詩ということで、サイトに紹介した方に、母親がいた。そんなご家族が、そののちに、
星の語り部として活躍することになった。
必ずしも意図してできることではなく、何か不思議なめぐりあわせでそういうことになっていく。そこが面白いし、何か生み出す価値のような気もしている。
こと、地方の科学館という場所にあっては。
番組の公式ページはこちらをご覧ください。 選定された詩や、選定されなかったけれど素敵な詩が載っています。

MUSICA~宇宙はなぜ美しい?~(2013年)

サイエンスナビゲーターとして大人気の数学者桜井進さんに出会い、数学ショウをやっていると聞いて、その1週間後の講演を聞きにいき、たぶんその直後にこの番組の企画書を書いていたんだと思う。宇宙を数学と音楽で斬ってみる。なので、佐治晴夫さんにも必ずかかわってもらいたかった。
はじめて、ライブの上坂浩光さんと一緒に作品をつくってみることになり、それまで完全に自己流でやってきた制作の方法から、だいぶ違うものを経験し、いろいろ学ぶ。脚本・演出は上坂さん。
番組公式ページはこちらをご覧ください。

戦場に輝くベガ-約束の星を見上げて-(2014年)

2006年に制作した「戦場に輝くベガ」から7年。
その間にベガの資料は増える一方だった。 さまざまな動きがあり、これは、ぜひとも後世にちゃんと残しておきたい。もちろん、まだまだ他の場所でも上映できるようになってほしい。そういう願いで、完全リメイク版。
音楽は小林真人さん
これらのサウンドトラックは、すべて、真人さんのアルバム約束の星―星といのちの物語に収録。

完全リメイクをきっかけに、星ナビにこの番組の背景にあるものを書かせてもらった。
それらの記事も含め、
番組公式サイトはこちらからご覧ください。

きみが住む星-(2015年)

ただいま作成中です。

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